平成28年 参拝して想う(休憩所のノートより)



 

 60数年前に「書」を千鳥ヶ淵戦没者の為にと、治めたことを証するものがみつかりましたので、初めてこの墓苑を訪れました。

今は、書の先生もおりませんが、永遠の安息をお祈り致します。

                           平成28年1月2日    

 

 
 白菊を  一輪そなえ  御霊らの

     おもいを胸に  はつはる祈願

                        平成28年1月2日  玉木

 

 今、平和な日本があるのは皆様のおかげです。

ありがとうございます。どうか安らかにお眠りください。

                        平成28年1月8日  HO

 

 平和の輪を世界中へと拡げていきます。

平和な世を一人一人が願い、行い、 心を安らかに。

犠牲無くして平和なし 平和に成ると書いて“平成” 平和な世の中へともう一歩        

                          平成28年1月12日

 

 

 先の大戦で330万もの方がなくなられたのですが、もし生きておられたら、どれだけ日本の再起に役立ったかと思わざるを得ません。特に腹立たしいのは37才の兵役免除の方々、250名を硫黄島に東条が送った事です。これは毎日新聞が批判記事を書いたからですが、そういった意味で私は靖国に行く気にはなりません。

                            文京区   岡戸

 

 恒例の  年の始めの  歌会を

       聴かせ見せたや  御霊たちにも

    「戦ひに  あまたの人の  失せしとふ」

            今年の御製  歌会始

                       平成28年1月17日  玉木

 

 祖父は硫黄島で亡くなり、遺骨は戻っていません。

しかしその心は、ここにあるのだと思い参りました。70年間築いてきた平和な社会を、これからも守り、発展させていくことが大切だと思いました。    

   祖父 塚田吉雄様   安らかに

                      2016.1.22   孫 智紀

 

 叔父は、ニューギニア・ウエヤクで亡くなり、遺骨等は戻っていません。

現在の私には、何も出来ませんが、この墓苑を知り、せめてでもお参りしようと思い来ました。お国のため、自らを犠牲にされ、どんな思いで亡くなられたのでしょう。

遺族の一員として、安らかに眠られることを祈念致します。

   叔父  合原福雄様

                  2016.2.4  甥 元警察官  佳雄

 

 日本の礎となられた方々に感謝申し上げます。

自分に出来る事を精一杯頑張り、恩返しをさせてもらいます。どうか安らかに。

                    2016年2月8日  密理彩 37歳

 

 

 槇平一人様また来たいと思いました。

ひいおじいちゃんが、天国で幸せになっている事をねがいます。

ひいおじいちゃんたちがせんそうに行ってくれたから、今 平和でいられると思います。

感しゃしてもしきれません。

2016年 皇紀2676年 2月8日    舞衣  


 

1月29日は祖父の命日でした。今日は娘とこちらへお参りに来ました。

毎年毎年 英霊の皆様の名誉を回復出来るようにと、自分なりに行動していますが、あの世で皆々様は今の日本をどのように見ていらっしゃるでしょうか・・・。本当に申し訳のない気持ちでいっぱいです。

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という言葉がありますが、私達日本人は多くの方々の経験、現在の国内外の状況、事実を基に良識的な判断、選択をしなければ国体すら守れないようになると思います。おじいちゃん、どうぞお力をお貸し下さい。

  槇平一人様                        

                    皇紀2676年2月8日(月)   かほり

 

 いつの日も先人さまの御心頂きし今を、感謝の心もちて精進して参ります。

今日も明日へつないで参りますこと、次世代へつないで参りますこと、平和・平安・安全 、復興・復旧へと民子の祈りの旅路、御心にそって歩いて参ります。

今を有り難く 感謝の心で。

                2016 2月15日   江東区在住   民子

 

 久しぶりに来ましたです。寒いです。少しは体がよくなりましたです。

後は食事をすることです。いきいきプラザの帰りですよ。

 平成28年2月16日(火曜日)午後2時35分

                        九段北1―9-5  堀川


 

 気もゆるみ  今日は雨水  夕さりて

     十日の月は  夫心にあり

                    2016年2月26日(金)  玉木


 

 父の弟がブーゲンビル島で、母の弟がハワイ沖ウユーク島で亡くなっています。

昔を語る人も・・・少なくなって、父母の思いを残る者たちで伝えたい。

桜が咲く頃 久々に来ました。 鹿児島県の種子島に眠る戦死たち。

                    28年3月3日   種次  免男


 

 日本人として一度はここを訪れたいと思い、閉園時間ギリギリにここに参りました。

先の大戦をどう捉えたら良いのか、まだまだ自分の中でも葛藤する所もありますが、ここで献花し、祈ることで何だか身が引き締まる思いが致しました。平和の実現の仕方は色々あると思いますが、平和な世界のために自分が今できる事は何なのか、と考えさせられました。

 2016年3月5日  愛知県   後藤



 


 小春日和から本格的な春へと移り変わろうとしているのを感じながら、参拝させていただきました。昨年8月、初めてこちらに来させていただいてから、自分の目で戦争、特に先の大戦について見なければ、と思い、タイを訪ねました。昨年9月のことです。 泰緬鉄道の跡地を巡りながら、日本兵、連合国の捕虜、現地の住民、さまざまな人々が戦争によってほんろうされ、傷付き、お亡くなりになったことを思うと、今、平和な世の中で旅行として訪問できることも、かけがえのないことと思えるようになりました。

 そして今、再び千鳥ヶ淵へ参りました。世界の人民の友好、宗教対立や民族対立の平和的解決が成るように祈っています。先の大戦でお亡くなりになった方々のためにも、我々の世代が誤ちを繰り返さないことが大切だと改めて感じました。

                     平成28年3月6日  長野県  佐藤

 

 

 さくら さくら  千鳥ヶ淵の  花芽たち

       春がきたきた  きのう啓蟄

                       2016年3月6日  玉木


 

 本日も温かきよき日、参拝させて頂きました。

感謝の心、祈りの心もちて、先人さまの御心大切に今日も明日へ次世代へつないで参ります。いつの日も 先人さまの御心 各諸国、地域 人々に向けて頂きしこと ありがとうございます。

平和、平安、安全、復興へと立場に立つ方々が、気づくべきこと、気づかれしご尽力に命、心向けてくださりしこと、永遠の祈りと心して、感謝の心もちて精進いたして参ります。いつの日も、いつも国土、人々を見守って頂きしこと、感謝致します。

           2016.3.15   東京都江東区北砂  在住  伊藤



 

 ふと思いつき、こちらに寄らせて頂きました。

今現在の平和な日本があるのは、戦争で亡くなられた方々のご苦労があってのことだと、今日、このノートを見て感じました。私は、多くの高齢者の方と関わる仕事をしていました。又の時、私はなるべき戦争時の大変だったことを聞くようにしています。悲しい出来事ということで、無かったことにしようとせず、積極的に耳を傾ける事で、次の世代に伝承していかなければならないと考えました。年を重ねるごとに、戦争を体験した方が亡くなられてしまう現状があります。若い世代は、もっといまの平和について考える必要があると思う。その為に、亡くなられた方に頭を下げ、または、戦争時のことを聞くことで、今を生きていることを実感すべきだと考える。

私は、4月から看護師として働くが、高齢者を敬い、そして感謝の気持ちを忘れずに、今

を生きていきたいと思います。

                2016.3.16  東京都江東区   安田

 


 墓苑にあるアジア西太平洋シベリア等に於ける戦死者の莫大な数の地図を拝見し、様々な想いを抱きました。戦線の拡大分不相応委な軍事力、戦争の止め方の計画の無さ、高橋是清大臣の唱える「国力に応じた軍事力と守るに足りる軍事力が大切」の言葉が強く胸に迫ります。ごく一部の政治家しか考えていなかった停戦終戦のもって行き方、あくまで本土決戦を主張していた大多数の重臣の愚かさを感じました。

                    2016.3.18  大阪  佐田


 

 父の代理で参拝させていただきました。

墓苑の皆様 父が存命の頃には ご親切にお迎えいただきまして本当にありがとうございました。観桜の季節と真夏の季節 父と参拝させていただいた時を思い出します。

これからは父に代わり参拝させていただきます。平和でありますように。

                 2016.3.20  新潟県中条町  松本



 

 初めて墓苑に参りました。

まだまだ戦地には、お国のために戦い一命を亡くされた方が大勢居られます。私達は

こうしてしあわせに暮らして居られますのも皆様のおかげです。私の主人は航空兵でしたので、どんなに戦地でお国の為につくされた事かとおもいますが、その様子は戦場で戦った人の話でしか知られず、お話も出来ないと申して居りました。今にして思えば、戦地の戦友の方との様子を聞かして頂いたらと残念に思います。戦争は決してあるべき事ではありません。皆様方のお働き、私どもは決してわすれられません。

どうぞ日本の国をいつまでも守って下さい。私は早く日本へ帰れる日を祈りつつ居ります。

ご冥福を祈ります。

                   2016.3.22   栃木   八板  


 

 初めて来ました。 

「さざれ石」を見て、君が代の歌を思い出しました。

                             H28.4.1


 

 皇居の乾門の桜を散策をした後に寄りました。     

東京大空襲の時、亡くなられた人の墓地だと思ったが、世界大戦の戦没者の人達の墓地なんですね。それで、父も(明治44年生まれ)戦争に行っておりましたので、私が子供の頃、よく話を聞いた事等、思い出しながらお参りさせてもらいました。父が生きていたら(H15年死亡)一緒にお参りできたのに、と思いました。今日は、姉と共に、昔の事等おしゃべりしながら、千鳥ヶ淵を散策します。

 H28.4.1


 

 海外で亡くなられた方240万の霊安かれと祈るのみです。

一つお願いがあります。国内で無念の死を遂げられた方々もここに祀って下さい。

 H28.4.1  大谷 (85才) 

 

 

 戦争で大事な命を亡くされた方、ご遺族の悲しみをお参りし、多くの方々の深い思いを感じました。戦争の悲惨さを、もう少し早く来たかったです。

 H.28.4.1

 

 桜の季節 ペリリュー島で戦死した、登おじさんのもと、夫 娘の3人で慰霊しました。

遺品の棚に、ペリリュー島の品もありました。 安らかにと祈ります。

                          H28.4.1  由紀江

 

 叔父 2人が戦死しましたが、参拝して2人の霊をなぐさめられたか。一人は地雷で粉々、あと一人はマリアナの一万米の海底です。戦争は負けてはだめである。

                              4.3

 

 2度目の参拝です。静かに祈っていると、なぜか勇気をもらいます。

もう 2度と戦争はしないと誓って・・・。

                              4.4  にし 

 

 本日、桜を見に来ました、が、千鳥ヶ淵戦没者墓苑を知りました。

私の父も戦死しています。これからの世が平和でありますように、ただただ祈るばかりです。

                              4.5

 

 (父は私が)生後90日目で、航空整備士になる為の訓練を受ける為に出征したまま、ブーゲンビル島でS19.12.27、正月を目前に、私達6人の子供を残して栄養失調で亡くなったそうですが、今私は、父上の軍歴を調べています。良い報告が出来る事を祈念して、今日は息子と千鳥ヶ淵墓苑に参りました。

 H.28.4.1  鎌井

 

 今日は、丑太郎様の息子(長男)がそちらに行きました。

心残りはあったでしょうが、安心するように言って下さい。長女 妹としてお願いします。

 H28.4.5

 

 父は私が生まれてすぐに戦死したそうです。

今日は一度も会うことが出来なかった父に、初めて会えたような気がしました。

 H.28.4.6  星野

 

 私が所属する宗門が4月11日にお参りをさせて頂いたのは、戦後50周年の時からです。今年で22回目となりました。昨年 戦後70年ということで、当墓苑主催による秋季慰霊祭にも参拝させて頂きました。 私個人のことですが、私の祖父も僧侶でありながら、戦争におもむき34才の若さで亡くなりました。祖母と私の父を含めた3人の子供が残され、寺は東京大空襲で焼けました。平和ということは、常に思い続けなければならないと思います。小さい寺門でおるため大きくは出来ませんが、これからも毎年、この地で亡くなった戦没者を供養し続ける者でありたいと思います。

                       平成28年4月11日  合掌

 

 
今の平和に心より感謝。 礎になられた方々に感謝。

                              4.15

 

 

 昨日は友達と2人で、今日は1人で来ました。皇族の方達が参拝されたお写真や生け花の展示を今日始めて知りました。(3~5年前にも2度来ているのに)

じっくり時間をかけて見ることが出来ました。この休憩所も初めて入りました。こういう場所を作って下さってありがとうございます。

     “日本を守って下さって  ありがとうございます”

この言葉を繰り返し思い、感謝の念を伝えます。日本を守ろうと命をかけて戦って下さった方達、また 戦争のため命を落としてしまった方たち。本当に膨大な数の方たちがいらして下さったから、今の日本があります。

  本当に  本当に ありがとうございました。

 4.18  愛知県   柴田

 

                       

 初めて参拝しました。

国のために亡くなった英霊と、不本意にして亡くなった一般の人々、全ての御霊が安らかにありますように・・・・。 日本をお守り下さってありがとうございました。この先も、日本が平安でありますように、見守っていてください。

                     平成28年4月19日(火) 晶子 

 

 祖父がきっとここに居ると思い、お参りに来ました。

多くの命の上に、今日の日本の平和があると思います。命をかけ、日本をお守り下さった英霊に心より感謝致します。

 4.29 さいたま市  三上

 

 さくら散り  さ緑映える  九段坂

      百花繚乱   千鳥ヶ淵に

                          4.29(金) 玉木

 

 戦争は、悲劇しか生まない

私達は、戦争と言う過去の過ちを認識し、今、何が出来るかを改めて、考えないといけないと思われます。

                       平成28年5月4日(水) 早川

 


 杉本義一の、ひ孫 吉田奈央です。

子、吉田勝子、孫、吉田昌司、吉田瑞穂と来ました。御国のために戦ってくれたから、今

の日本があります。ありがとうございます。吉田家で、義一ひいおじいちゃんの血を継いでいくので安心して下さい。また、芙以も連れて皆で来ます。

                        2016.5.5  吉田


 

 本日も 久し振りでしたが参拝する事ができました。 ありがとうございます。

                      平成二十八年五月十二日  原田


 

 87才の父が福岡から上京しましたので、妻と共に連れてまいりました

                        平成28年5月14日  堀


 

 私達の御先祖様の尊い命の犠牲の上に、今、この日本が成り立っている事を再度認識し、感謝いたします。

 2016.5.14  宮越

 


 戦争で亡くなられた方々が、沢山いたことを私達は忘れずに、日々過ごしていきたいと思います。 靖国神社とは対称的に、参拝者が少ない事に、少し寂しさを感じました。

ありがとうございました。

            平成28年5月15日 日本大学法学部宗教文化研究会一同

 


 顔も合わせないうちに戦死した叔父の御霊に、やっと参ることができました。

幼児の頃から祖母より毎晩「大きくなったら富おじちゃんの慰霊に行ってごせよ」と、言われ続けていました。ブーゲンビル島などという、どうやって行くのかもわからないまま、年を重ねてしまい。今年初めに、初めてこの地に外地の戦没者がねむっていることを知りました。叔父に、今のファミリーの様子を報告し、娘と二人でおまいりに来られたこと

感謝でいっぱいです。

   2016年5月18日  大阪  室谷

      

 
 シベリヤ抑留地で病死した父にお参りしています。
思いますのは墓碑にもお供花が出来るようにお願いいたします。

                       2016.5/28 
 

 

  すっぽりと  青葉茂れる  静けさに

           子供達が遊ぶ、 三栄公園

                       2016・5・29 玉木

 

世界が同じところを回るのでなく螺旋を描いて行きますように。

                        昭和28年6月4日  曽我

 

今日は伯父が昭和20年6月6日、戦死した日です。私も、72才で右手不自由だけれども参拝いたしました。いつまでも平和でありますように。

父は昭和19年8月10日戦死

                         2016、6,6  行義

 

犠牲となられた方々の事忘れません。

                       2016.6.11

 

たまにしかこなくてごめんなさい。平和が続きますよう心からお祈りいたします。

どうか安らかに。いつもありがとうございます。感謝しています。

                                 泰之

 

   

曾祖父が医師をしており、戦時中は台湾に渡っていたと母から聞いた事があります。その話に私は現実味を感じていなかったのですが、台湾でも沢山の日本人が戦死されているのを知り、壮絶さを思いました。戦争と云われてもまるでぴーんとこないのですが、日々憎しみや争いを伴う欲望の火種は自分の中にも確かに有り、それが暴走したのが、戦争なのかなあと・・・思います。」心を持ち、生きることを心がけていきたいです。

                        平成28年6月16日

 

 

   白妙の  夾竹桃の  花並木

         風さやさやと  梅雨の晴れ間に

                       2016.6.26   玉木

 

 お金から 心を解放しよう

                          東京都江東区  椎橋

 

 2年間の海外生活の後、初めて参拝しました。今 日本が平和であるのは、先の大戦で犠牲となられた方々の上にあることを忘れてはならないと思います。どうか安らかにお眠り下さい。

                   2016年7月5日   三小田真裕

 

 
 一年に
1度のみたままつりに参拝出来有難いことです。

父の霊前にお参り出来ることを楽しみに来年も、きっと参拝出来ることを祈っています。

父が戦死の為、母が一人娘を育てくれ、私が親となった今、五人の子供も成長しそれぞれ生活しておりますことに感謝申し上げます

                       H28.713   大和市  小澤

 

 今日の参拝に、涙しました。

私の父も、中国の地に眠っています。

                    2016.7.16  松浦市  井村

 

 初めて参拝いたしました。

靖国神社では、感じられなかったオーラのようなものにつつまれました。

愚かな戦争で命を奪われた、全ての方々にとこしえに安かれと祈ります。

                   2016717()  神戸市  三村

 

 参拝いたしました。     

                       2016.7.20   藤原

 

 

   暑き日に  香る白菊  よく似合う 

         御霊にささげ  夏日を告げる

                       2016年731()   玉木

 

 

私の祖父(おおおじ父方?)池袋の公園隣接のお寺で慰霊堂に、お骨が保管されているのでと言う事で参拝させて頂いております。

大塚のガード下で終焉の地となった者です。空襲の犠牲者です。千鳥が淵戦没者墓苑に参ると良いと言われ足を運んで居る次第です。あちらこちらと足を運ぶ場所が分かれており何とか一ケ所に定めて下さるとの思いで一杯です。(足も弱くなっております。)足を引きずってでも、との思いで参拝させて頂いております。この仏の先祖の父は中国大連花園港で海の中のひとと相成り、祖父母は因に信州湯田中山ノ内町佐野の出身です。一度も先祖の墓参りもままならないまま亡くなるなんて、何で私は幸運な時代に生まれてきたのでしょうか? このお方に変わって足にムチ打ってでも、はってでも足を運ばないといけない定めと思っております。何とぞ宜しくお願い申し上げます。(今までの失礼、欠礼、御無礼を)唯唯 頭をたれるのみで御座います。 

                      都内在住  63才 女


昨年 安保法制が採決されて以来、一度はここに来ないといけないと思っていました。

戦争を全く知らない内に大人になった私ですが、ここに来て、戦争の残したツメ跡に思いを寄せることができました。

「戦なき世を 歩みきて思い出ず かの難き日を 生きし人々」今上陛下と同じ心情です。

                       兵庫県尼崎市  49才 男

 

父の父、私の祖父が戦争で亡くなりました。

父は84才になりました。いまだに父の面影を追っている姿をみると、戦争の悲惨さを思います。私も息子ができ、この子を決して戦争に行かせてはならないと思うのです。

平和な日本でありますように

                            広島市   女

 

 靖国神社の喧騒と違い静かな所でした。

先の戦争に学び平和な日々を、願い作って行くようにしたいと思います。

(44才 男性)

 

 先人さまのお心大切に。そして今を感謝の心持ちて 8月度 毎年迎える事ありがとう御座います。お心は次世代へとつないで参ります事 心して身の丈に相応至す 祈りをもちて真っすぐ祈りの道 精進して参ります。いつの日も いつの時も 国土、地球、人を見て居てくださりし 先人さまのお心に感謝至します。ありがとう御座います。

                          東京都江東区砂  伊藤


 

 戦後70年経ってもなお、日本の犠牲者達は何も学ぼうとしない、何も学ばない。

8月15日は終戦記念日などではなく、敗戦無念日である。

ただいたずらに安易なナショナリズムを振りかざし、介護や労働問題に言及しようとしない「強い国、ニッポンをつくる」という空想酔いしれる政権を誰が支持するだろうか参院選で改憲勢力が3分の2となり、緊急事態要綱や天皇国家元首宣言が盛り込まれるなど、日本に益々 民衆を弾圧し、天皇をも傀儡にする「人間」を無視する政治を行うそのような時代に私は屈することなく、戦ってゆきたい。「微力であるが、決して無力ではない」という言葉を信じつつ。日清、日露、大東亜戦争で犠牲になられた御霊よ、どうか安らかにお眠りください。

                         合掌                            

31才  男性

 

 南ス~ダンに派遣された自衛隊が、戦火にさらされようとしている現在、日本が再び海外で戦死者を出してしまう可能性がかってないほどに高まりつつある。

反動勢力が戦没者たちのそれぞれの実態を脱色し、安易に「先人たちよ、ありがとう」と歴史を改ざんして、新たな戦争への精神的な土壌をつくりつつある現在、一人ひとりの戦没者の実態にふれ、その無念さ、悲惨さを自らのものとして引き受けたい。3.11以降の人々がつくり、たのもしく成長しつつある。タフでしなやかな市民運動の人々と協力して、反動勢力を叩き出すために戦い続けるつもりだ。WAR AGAINST WAR 

                            (大阪府 26才 男性)

 

 戦争を知らない子供として思う。

軽々に憲法を改定し国民市民の血をいけにえ、としていいものかと。

 

今日8月15日に限らず常時平和のために祈り声を挙げよ。

                         (42才  男性)

 

 戦争が二度と起きませんように、平和ボケしないように  

(34.女性)

 

 靖国神社の喧騒と違い静かな所でした。

先の戦争に学び平和な日々を願い作っていくようにしたいと思います。

(44才 男性)

 

父、石原和眞はフイリピンで捕虜となり、抑留後に帰国の船に乗りました。

母、石原トヨは沖縄南部にあった自宅を昼夜なく襲う米国の攻撃を避け、母、幼児、老人のみで北の国頭めざして、昼は森に隠れ夜を歩き、木の下で戦いの止むのをただひたすら待ったとの事です。食糧も直ぐに尽き、野菜などで餓えをしのいでいたとの事です。

空からは米軍の焼夷弾、海からは艦砲射撃。戦いが終わりやっと我が家にたどりついてみれば、家も何もかも跡かたもなく、その日から老人、幼児の食糧を探す日々でした。住まいも米国が張ったテントで難民さながらの日々を数年も送り、戦いによって力のない民がいかに哀れな状況に置かれるかが、骨身にしみていると申しておりました。

58万余りの戦友を亡くしたフイリピンから、奇跡的に父が帰国したのは、S.22年の事でした。戦後の暗い電灯の下で、自分が体験した地獄のような日々をぽつぽつと話してくれました。父や母があの戦いを生きながらえたのは、奇跡的な事であり、その後 生まれた私は父母の言葉を子や孫に伝える事は、子や孫が良い世に生き、人生を充実させる自由のために、伝えねばならない事と思って毎年参拝させて頂きました。

父母と同様の思いの中で、充分に生きる事のできなかった方々を思い、深く心から安らかにと祈ります。

                     2016.8.15    松畑

 

 父が沖縄で20.4.13日戦死しています。

この霊苑には遺骨のお出迎えで何度か来ています。戦争大反対 政治家によって戦争がはじまります。政治家の動向を日本国民として見続けて平和な日本にしていきましょう。

 2016.8.15    山田

 

 本日は、武道館にて、全国戦没者追悼式に参列し、後 ここ海外戦没者の墓苑に参りました。想えば、父が遠方の戦地ビルマに戦死し、改めて戦災の悲惨に感慨深くさせられ、

ここに精霊に追悼の念を思い知らされました。今後、国の繁栄と世界平和を祈念します。

                       2016.8.15   都内在住

 

 正男兄さん 今日会いに来ましたよ。今は、リエ姉と私になりました。

先日テレビを見て、どんなに苦しい日々を過ごされたのかと、改めてどんなに大切な時を過されたのかと思いました。これからも会いに来ます。私も81才になりました。

                       2016.8.15   鈴江

 

 叔父様、安らかに、誠に御苦労さまでした。

写真でしかお目にかかっていませんが、私の心の中にあります。

                                            2016。8.15   高峰

 

 くだらない戦争をしたものだ

                       2016.8.15   岩崎

 

 靖国神社にも参拝しましたが、全ての人々が党派を越えて、人間らしく生きられるよう願って止みません。勇敢に戦った方々も、失意のうちに亡くなった方々も、安らかに眠ることを願って止みません。

                       平成28年8月15日   井脇

 

    

 全ての御遺骨の早い帰還を祈念します。

            2016.8.16  インドネシア・スラルヤ在住 亀山

 

 私は、我が国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、日本国憲法及び法令を遵守し

一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身を鍛え、技能を磨き、政治的活動に関与せず、強い責任感を持って専心職務の遂行に当たり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努め、もって国民の負託にこたえることを誓います。

                     2016.8.16    35歳

 

 国立の慰霊場の建設を!!

毎年 8.15に靖国に参拝する閣僚は、国策の為に若き学徒(20代)が戦場に駆り出し、特攻隊として命をうばった為政者の責任である。

この夏「きけ、わだつみの声」を再読して改めて、指導者の無智ぶりにいかりを覚えた。今閣僚の一部が、日本の英霊のために・・・参拝と言うが、祀られているのは戦争犯罪人たちだ。そこに、参拝することが何であるかが全てわかっていない。千鳥が淵には、無名の幾多の戦死者の遺骨を収集国の手で祀られている。本当に日本のために、日本魂として散って逝った人はここにある。私の叔父もレイテで戦死「箱には石ころが一ケ」 靖国にも千鳥が淵にも祀られていない。いや 多くの遺骨の中にまぎれて居るかも知れないが・・・・。そう言う意味で、私は毎年お参りに来るが、靖国から戦犯の遺骨を除くか、又は、新しい参拝所を作るか “ニ者拓一”だ。真剣に考える日本の将来のために、命がけで進める議員達であることを強く望む。

 2016.8.16    柏市  三津木

 

 比島院功篤熱烈日源居士の遺族です。

東京地検検事から応招され、比島(フイリピン海戦)で殉死、遺骨は南シナ海に沈み、遺骨の箱には一個の石でした。国に捧げた命とは言え、京都にある由緒の寺の信者、遺族会や靖国神社から招待ありますが、異宗教の神道、A級戦犯を祀る靖国神社にお参りに行けません。靖国も他宗教神者、信者の入境を禁止しています。千鳥ヶ淵こそ遺族の為の墓苑です。米国ヘーゲル国防長官、ケリー国務長官も来日早々にここを訪れました。もっと戦争で犠牲になった全ての人を祀る千鳥ヶ淵を、大切にしようではありませんか。

                                         茨城県取手市  佐藤

 

 

 本年は、15日にお参り出来ませんでしたので、本日参りました。

こちらに伺うたびに、数年前のTV番組で、「普段はあんな所(ここのこと)には誰一人、犬一匹も来ませんよ。慰霊所は靖国だけです」と発言していました。国学院大学某教授の極めて不尊な顔を思い出します。

                           1942年生  緒方

 

私の父は私が3才の時に戦死 私は父の顔も解らず、私の母 祖母 兄は本当に苦労をして私を育てて、現在は私一人で、,家族全員亡くなり、父の命日は母から昭和21年8月21日に中支で亡くなったと伝えられ、遺骨の中身は一握りの土だけだったとのこと私自身 父は家族を思いながら戦死し、さぞ辛かったでしょう。現在お参りできるのは私だけです。本当に御苦労さまでした。

 H28.8.24   奈我江

 

   

 8月15日にお参りできず、本日の参拝となりました。

靖国神社は毎年行っていますが、こちらは恥ずかしながら初めてです。

私は自衛官です。2度と戦火に日本が巻き込まれぬよう、抑止力を高めていきたいと思います。

 平成28年9月1日    TH

 

 初めて 千鳥が淵戦没者墓苑に参りました。

このノートに記帳された多くの人の印象を読み、やはり人の心の中に巣喰う「戦いの火種」をなくすことしか、この世に争いはなくならないと思いました。過去のこと今の事 人を恨みののしっても争いの火種を残しているうちは、本当の平和は訪れないと思います。難しい事ではありますが、先に私どもの身の廻りから、心の中の争いの火種をなくしていくことしかないと思います。

                  平成28年9月8日   東京都在住  FK

 

 

年に何度かふとしたときに訪れたくなります。先の大戦で犠牲になられた方の事をいつも忘れないように胸に刻んでいます。ありがとうございます。どうか安らかにお眠りください。

                             平成28年9月

 

久しぶりに参拝しました。これから靖国にも行きます。いろいろな考えがあり、私は学ばせていただいています。戦争が原因で亡くなられた総ての方の冥福を祈り今自分に科せられている課題、仕事に関する事などに果敢にチャレンジしていきたいです。戦前戦中、戦後生き抜いてきた方々を見ると、自分らとは性根が違うと感じさせたれる事が多いです。きっと自分は、まだまだ甘いのかと思います。頑張りたいと思います。

                    9・26  若いサラリーマンの一人

 

今年の春、五味川純平の「人間の条件」を読みました。

私は60才になったばかりで、知らない事が多くいろいろな事を勉強せねばならないと思っています。今日は終戦の日なので、ぜひ来たいと思ってお参りさせて頂きました。

                                  吉田

 

父はビルマで戦死。先日10月13日さぬきの善通寺のお墓参りを2年振りにしました。

私は、3.11の5年前はこの近くに勤務していた為、毎昼 ここへ来て菊をささげて昼休みをしていました。ここに父が居ると信じています。ここは心が安らぎます。本日は久し振りに横浜から参列しました。

 平28.10.18  横浜市  SM  75才

 

 父はシベリアで、又 親戚の何人かは、この戦争で各地の戦地で亡くなりました。

私は、父の顔も知らず、母の手で育ちました。母はこの地、又 靖国の地を認める事に

ガンとして、抵抗をしてきましたが、我々子供として母の亡くなった後、姉妹で初めてお参りしました。ここに来られた人々にお話しを聞き、「あ~ やっと来られた」と思い、心がやすらかに思える事が改めて感じられ、一区切り出来た思いです。

このノートに記される人々の思いは、全て本当です。犠牲者の人々にこの声が届くといいと感じました。

 H28.10.22(土) 東京・谷中  遠藤


 

 私は、毎回靖国神社参拝する前に、ここの千鳥が淵戦没者墓苑に先に参拝します。

今の日本が在るのは、過去の日本人そしてアジアの人々の国策に殉じた方が居たらこそ平和が在るのです。その感謝を忘れてはいけません。

                平成28年  10月27日  航輝 20歳

 

 私の父藤一は、カラボラック?(はっきりしない)の野戦病院で餓死したそうで(父の戦友の話)どんなにか辛く苦しい日々を送ったのだろうと考えると、今でも胸が苦しくなる思いです。父の顔も覚えてなく育った私も現在74才、こうして平凡な日々が送れる事を感謝しています。只 二度と戦争のない国、日本であります様に、本日改めて強く感じました。

 2016年10月27日 藤一の娘

 

 戦争を経験していない自分ですが、毎日こうして平和であることで、日々暮らしていけることに大変感謝しています。今後は二度と戦争を起こさないようにしなければならないと存じます。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

                        2016年11年9日  藤崎

 

 初めて訪れました。祖父から戦争の話を聞いていましたが、当時はまだ小学生。

現実には想像もできませんでした。近年、先の大戦を学ぶにつれ、悲惨さ、無念さがどんどん出てきました。自らの生き方をみつめなおす、いいきっかけにと想い訪れました。たくさんの方の想いがここにはあり、全ては、まだ受け止めきれませんが、歴史を作っていただいた皆さんに、誇りを持てるような、胸をはれるように生きていきます。そして、子供達、生徒達に伝えていきます。また、訪問させていただきます。

                2016年11月14日  鳥取市 男 27才

 

 私は父の顔を知らずに生まれました。父も私の顔を知らずに、インパールで散ったとのことです。でも私は父の知らない世界を想像しています。どんなにか、私の顔を一目でも見たいと思ったことだろうと・・・・。 安らかに眠って下さい。 父上様。

                 2016.11.15 四国中央市  伊藤

 

 靖国神社にはない、静かに戦没者を慰霊する環境が好ましく、年に数回訪れています。

観光地となった靖国神社とは違い、携帯電話で写真を撮る人や、騒がしくする人はいないので、ニューギニアで亡くなった、顔を知らぬ祖父のことを考えています。

    2016年11月20日  栃木県日光市  高村

 

 沖縄に住んでいながら、戦争の歴史についてはまだまだ知らない事も多く、こちらに足を運ばせて頂きました。 知る事で平和への想いを次の世代へ またその次の世代へと、つないでいけるよう、私にも何か出来る事があればと思っております。

傷つけ傷つけられる事は、痛い、悲しい、そんな当たり前の感情を忘れる事のないよう

日本、自国だけでなく世界から悲しい事がなくなるようにと願ってやみません。

 2016.11.21  沖縄県  喜友名 (29)

 

ここには、初めて参拝させていただきました。

いままでなかなか来られる機会がなかったのですが、ようやく来ることができました。

先の大戦において軍人、民間人問わず多くの方が犠牲となりました。そのことを決して忘れてはならないと思います。ここに祀られた方々の御魂が、これからも安らかに眠ることができることを願います。

                      2016.12.7(水)  田村 

 

初めて東京に来て(旅行で)自由時間があったので、ここに参りました。

小学生のときには長崎、昨年になって初めて広島、そして今日はここでした。

いつの世も戦争は誰一人得をせず、傷つけ、憎み、恨むことしか残りません。特にそれらは実際の現場にいない権力者よりも、現場で苦しむ兵士、またその家族、また攻撃をうけた人達に大きくかかっています。今日はここで先の大戦の戦没者、民間の犠牲者、国内外、敵味方関係なく全ての方々の苦を忘れず、本当にあの大愚行をくりかえしてはならないと、肝に銘じ、手を合わせました。

 平成28年12月11日(日)  21才 地方の学生 T

 

 

60才になってようやくこの地で、お祈りすることができたことを感謝します。

私達は、戦争で生き残ることができた人々に、生まれた子供達です。

私は今 アメリカの大学図書館で、日本から没収された資料を手にして、仕事をしています。ぜひともこの地で、御霊に手を合わせ平和を祈りたいと思い来ました。忘れずに日々生きます。 合掌   再訪致します。

    2016年12月14日(水)  米国ミシガン州在  カーター啓子

 

 

We would  like  to  express  deep  condolences  to  the  Japanese  who devoted  their  Lives  for  their  nation . We respect their spirits.

                      Prapichaya  Prommas  Thailand

 

 I also would  like to  gratelfully  thank  my  Dhamma  Mother  Samrith Trisantiya  who  has  accepted  my  determined  request  to  bring  her to Japan….

2016.12.19    My great honor

                              

 

毎年 息子と参拝させていただいています。九州から。

多くの御霊に合掌。高く高くご上昇下さい。 拝

    2016.12.22  北島 

 

May all souls be brighter and brighter

実相円満完全!  日本国実相顕現!  感謝・合掌・再拝

                                    平成28年12月22日   北島

 

今まで何度も東京を訪れていながら、今回初めて参拝させていただきました。

本来ならば、真っ先に参拝に訪れるべき場所であるはずなのに、国のために命を捧げた英霊の方々に恥じない生き方をしていきたい。そして、この国を守りたい、そんな思いを強くしました。

本日 参拝のご縁を頂きありがとうございました。

                              2016.12.22(木) 福岡  小野

 

知れば知るほど感謝をして、生きていかねばならないと心に強く思います。

                            大阪  中西


 

靖国神社までは参拝しても、なかなかこちらへ来ることができずにいました。

今日 こちらへ来られて本当によかったです。今も静かに参拝されている方々を見て日本人に生まれて幸福だと心から感動しました。未来の私達を思い、一つしかない命をかけて守ってくださった先人方に、日々 深く感謝し続けたいと思います。

                          京都  中島

 

私は毎年、こちらと靖国神社に参拝しております。今日も靖国神社に参拝してから

こちらに来ました。日本のために命を捧げ、亡くなられた方の魂に手を合わせる全ての御霊に対し、敬意と、これからは過ちを犯さない、このために私は毎年靖国とこちらに参拝しております。是非 安倍首相 以下政治家の皆様にも靖国とこちらに参拝を。

 平成28年12月27日 雨      茨城県古河市   末木慶

 

   化野(あだしの)と  千鳥ヶ淵に  白菊を

       一輪ささげ  南無阿弥蛇仏

                                      2016.12.30  玉木

 

   いかなる事でも戦争は、ダメです。

   全世界に平和を    合掌

                                2016.12.31   MT  75才

 

 戦いの無い世界になって欲しい・・・・ただそれだけです。

                                 2016.12.31  NK  61才